現役京大生が教える、基礎から分かるiPS細胞

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iPS細胞は、京大だけじゃない。

先日オープンキャンパスで「iPS細胞の研究をしたいのですが、どの学部に行けばいいのでしょうか?」という質問を受けました。

iPS細胞の研究は新聞等でもよく報道されたいますし、社会的にも期待が寄せられ、この分野の研究に取り組みたいと考えている高校生もいるかもしれませんね。

そこで、注目されているiPS細胞について、生物を習っていない高校生でもわかるように、基礎から大学レベルまで幅広くお伝えしたいと思います。

学部に関しては、iPS細胞の研究を精力的に行っているのは基本的にどの大学も医学部です。

ただ、薬学部や理学部、農学部などで同系統の生命科学を学んでいれば、修士や博士、あるいはその後に医学部の研究室に入り、iPS細胞の研究に携わることもできます。

たとえ医学部に入っても、本格的に研究に取り組めるのは卒業後なので、タイミングとしてはたいして変わりません。

また、山中教授で有名な京大だけでなく、東大や慶應をはじめ、本当に多くの大学で研究が行われています。なにも京大医学科を目指す必要はないので安心して下さい。

―1細胞から60兆個の細胞へ

人間はただの細胞のカタマリではない

皆さんは少なくとも中学校で「細胞」について習ったことがあると思います。
細胞は生物の最も基本的な構成単位で、私たち人間の体はなんと約60兆個もの細胞でできています。

でも、ちょっと考えてみて下さい。私たちは元々、受精卵というたった1つの細胞でした。図1の左端を見て下さい。

このたった1つの細胞が、成長と共に、細胞分裂により倍々ゲーム的に増え、60兆個という莫大な数の細胞で構成される一個体になっていきます。

しかし増えるだけでは、“60兆個のただの細胞のカタマリ”になってしまいますね。

人間だと、200種類以上の細胞があり、異なる機能を持っています。脳を構成する神経細胞は電気信号を伝えますし、心臓の細胞は細胞レベルでも規則的に拍動しています。

細胞は増殖するだけでなく、適切な場所で適切な細胞になる必要があります。

細胞が分化して色々な機能を作っていく

体の部品ができあがってくること、より厳密に言えば、ある細胞が、より特殊化したタイプの細胞に変化することを「分化(differentlation)」と言います(例えば、造血幹細胞という赤血球にも白血球にもなれる細胞が、赤血球になること、あるいは白血球になることを「分化」と言います)

皆さんのクラスを見回してください。みんな違う顔をしていますが、目が足に付いていたりすることはないでしょう。

誰かが意思をもってパズルのように細胞を配置していくわけでもなく、1細胞が“自律的に”増殖と分化を繰り返して正確に個体を形成するのですから、生物は不思議ですよね。

このメカニズムなどをさらに詳しく知りたければ、大学で「発生生物学」の講義を受講して下さい!

―幹細胞ってなに?

幹細胞という言葉を知ろう

それではiPS細胞の説明に入っていきましょう。

iPS細胞とは、「induced Pluripotent Stem cell」の頭文字を取った略称です。

iが小文字なのは、Appleの製品にあやかったなんて言われていますね。(iPodのように世界中に受け入れられる細胞であって欲しいという意図があるなどと言われています。)

iPS細胞は、邦訳として「人工多能性幹細胞」と言い、新聞なとでは「万能細胞」なんて言われたりもします。

では、「人工多能性幹細胞」という“言葉”を詳しく見ていきましょう。

「幹細胞」とはなんでしょうか?

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図1

幹細胞の定義は、多種類の細胞へ分化できる能力(多分化能)、増殖する能力(自己複製能)を持っていることで、図1を見ながら考えると、この2つの能力の意味がわかります。

図1の※1右側に記載されているように、色が変わっているものは分化していることを示し、色が変化していないものは自己複製(分化の伴わない細胞分裂)を示しています。※1の黄緑の細胞を見て下さい。

どちらもあまり適切な表現ではないので、ぜひ英語を覚えて下さい。

この細胞は、その後、2種類以上の細胞になっていますし、自己複製もしています。

したがって多様化能と自己複製能を備えており、幹細胞と言えます。とはいえ、※1の黄緑の細胞は、神経系の様々な細胞へと分化する「能力(potency)」がありますが、赤い筋肉の細胞になることはできません。

このように、限られた範囲でのみ様々な細胞に分化することができる幹細胞をMultipotent Stem Cellといいます。

受精卵は細胞の起源

さて、ここで前の話を思い出して下さい。全ての体の細胞の起源として受精卵が存在していますね。
これはつまり、受精卵は体中のすべての細胞に分化する能力があるということを意味します。

そして、自立的に個体形成が可能な受精卵はTotipotent Stem Cellといいます。

iPS細胞のPluripotentとは、MultipotentとTotipotentの中間で、自立的に個体は形成されないが、(ほぼ)すべての細胞に分化できる、ということを意味しています。

すなわちiPS細胞は脳の細胞だろうが筋肉の細胞だろうが、ありとあらゆる細胞に分化させることができますが、iPS細胞からひとりでに個体ができる、ということはありません。

図1のように、樹形図を描くと、幹細胞は、枝を伸ばす幹の位置にくるため、「幹(Stem)」という言葉が使われています。また、1個の受精卵が最終的に60兆個になるためには、単純計算で最低でも46回の細胞分裂が必要で、これを真面目に描くと非常に巨大な樹形図となります。

神経幹細胞といいます。

ヒトの細胞の分化は一方通行

細胞の分化は図1のように、次第に特殊化されていきます。緑は深緑に、ピンクは赤にといった感じで、緑がピンクになるようなことはありません。すなわち、※1の神経幹細胞は、神経(脳)に関係する細胞に分化していき、いきなりまったく別の、筋肉の細胞になることはないのです。

さて、※2の矢印が示すように、ヒトの細胞の分化は一方通行で、普通は、一度分化してしまうと、もう元に戻すことはできません。

分化が進むにつれ、細胞内の状況や、ヒストンという重要なタンパク質の構造などが変わっていきます。分科した細胞を幹細胞へリセットするのは、乗り越えるべき問題が多すぎて、現代の科学では無理だと思われていました。

そんな中、たった4つの遺伝子を機能させることによって、分化してしまった細胞をPluripotentな状態にまで元に戻すことができるというブレークスルーを起こしたのが、iPS細胞の生みの親、山中伸弥教授なのです。

いくつかの動物(例えばイモリ)の特定の組織では分化した細胞が脱分化(dedifferentiation)して幹細胞に戻ることが知られています。

―遺伝子ってなに?

人間の60兆の細胞全てが同じDNA配列

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図2

iPS細胞に付いて語るためには、あるいはiPSの「i」、すなわちinducedの意味を理解するには、遺伝子について知っておく必要があります。

細胞には色々な種類があると書きましたが、いくつかの共通の構造をもっています。その1つが核の存在です。中学校で習ったように細胞には枝があり、あなたの60兆個の細胞の枝野中には基本的にすべて同じDNA配列が入っており、個の配列はあなたの体の情報そのものです。

DNA配列は、A、T、G、Cという4種類の分子からできていて、ヒトであればこの分子が30億ほど連なっており、その4種類の並ぶ順番が体の設計図の役割をしています。
(正しくは、30億の塩基対が、23対の染色体の1セットに分かれて並んでいます。染色体、DNA、ゲノム、遺伝子といった用語は紛らわしいので、生物を履修する際にしっかり学んでください。)

なぜ同じDND配列なのに、細胞には種類があるの?

では、すべての細胞が同じDNA配列、つまり同じ設計図を持っているのに、なぜ200種類以上もの細胞があるのでしょうか?
細胞を、その細胞たらしめているものはなんなのでしょうか。

それは、DNA配列を紐解いていくとわかります。
DNA配列は体の設計図と言いましたが、厳密にはタンパク質の設計図で、4種類の分子の並び方をもとにして、細胞内でタンパク質が作られています。
そして、長いDNA配列の中で、タンパク質を作り出す部分の配列を「遺伝子」と言い、ひとだと2万ほどの遺伝子があると言われています。

つまり、人は体内で、最低でも2万種類のタンパク質を作ることができるわけです。しかし、すべての細胞が同じDNA配列をもっているからと言って同じタンパク質を同量作っているわけではありません。

細胞の種類が異なれば、働いている遺伝子の組み合わせが異なります。それに伴って、作っているタンパク質の組み合わせや量が異なり、このことが細胞の多様化を産んでいるのです。

例えば、筋肉の細胞は、筋肉の細胞特有な遺伝子を機能させて、特定のタンパク質の組み合わせを特定量作っており、そのパターンは神経の細胞とは異なるわけです。

特定のタンパク質が適切な場所で適切に作られることで、体ができあがっていくのです。

皆さんはタンパク質というと「肉」というイメージがあるかもしれませんが、タンパク質は実に多様で、モーターのように先端をくるくる回すものや、二足歩行のように動くタンパク質分子などもありますし、酵素といって化学反応を引き起こすものなどもあります。

これは最も狭義の定義であり、実際にはタンパク質を作らなくても生物の遺伝情報を担う主要因子は「遺伝子」といいます。

遺伝子数自体は2万ほどですが、各遺伝子が様々なバリエーションのタンパク質を作るため、実際にはもっとたくさんの種類のタンパク質が作られており、一説には約10万種とも言われています。

―iPS細胞の作製

どの遺伝子が機能するかによって、どういったタンパク質がどの程度作られるかが決まり、そのことで細胞の種類が決まっています。

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したがって遺伝子が細胞の種類を決めているとも言えます。(図3)
すなわち、どの種類の細胞で、どの遺伝子が機能しているのかを知ることが重要なわけです。

山中教授らは、マウスのPlurlpotentな幹細胞で機能している遺伝子を調べていき、その中でも特に重要な働きをしているものとして4つの遺伝子を見つけました。

それがYamanaka Factorsと呼ばれるOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycの4つです。

そしてこの4つの遺伝子を、マウスの、すでに分化しきった皮膚の細胞で強制的に働かせて見ると、Pluripotentな幹細胞になることがわかり、大きな話題を呼んだのです。

そして、この幹細胞をinduced(誘導された。人工的に作られた)Pluripotent(な状態の)Stem Cell(幹細胞)、iPS細胞と名づけました。

これが6年前、2006年のことです。マウスで確認されたあとは、ヒトの分化した細胞からもiPS細胞が作製できるのかという研究競争になりました。
マウスのOct3/4・Sox2・Klf4・c-Mycと相同な(ほとんど同じ配列の)遺伝子を、ヒトももっています。

マウスの発表から1年強が過ぎ、山中教授らは、マウスと同様に、この4つの遺伝子を働かせることで、ヒトからもiPS細胞ができることを確認しました。こうして、ヒトiPS細胞が誕生したのです。

Pluripotentな幹細胞になったことは、心臓や肝臓、皮膚や神経の細胞など、大きく異なるタイプの細胞に再度分化させることで確かめています。

―iPS細胞で期待されていること

「修理」ではなく「交換」する医療

iPS細胞で将来どんなことが可能になるのでしょうか?最近は、iPS細胞による「再生医療」が大きく取り沙汰されていますね。

近代の外科的な医療は、「修理する」ことが主体となっています。例えば悪性腫瘍が見つかったら切除しますし、胃に穴があいたらそれを閉じるような処置を施します。

それに対し、「交換する」という医療が近年になって行われるようになりました。いわゆる臓器移植がそれにあたります。働きの悪くなった肝臓の代わりに、他の人から健康な肝臓をもらおうという考え方です。

しかし、他人からの臓器移植では、臓器の順番待ちをしなくてはなりませんし、拒絶反応が起こることもよくあります。ヒトの臓器が自分の中に入ると、「これは自分での臓器ではない」と判断して体がイヤがるわけです。

そこで、iPS細胞の出番です。自分の細胞から肝臓を作ってしまえばこういった問題をすべて解決することができます。iPS細胞は、Pluripotentな状態なので、あらゆる種類の細胞に分化させることができ、もちろん肝臓の細胞にすることもできます。

そこで、自分の細胞から様々な臓器を作って、新品と交感できるのではないかと、再生医療への期待が高まてっているのです。
ただし、細胞から臓器を作るには、まだ相当の障害を乗り越える必要があり、数十年という長いスパンが必要と考えられています。

実際に実現しそうなこと

実際には、糖尿病の患者さんにインスリンを作る細胞を補充したり、iPS細胞をシート状にさせたものを使って眼の角膜や心筋などの機能を回復させたりと、細胞、あるいは細胞のシートを使った医療がまず確立されることでしょう。

それからiPS細胞は再生医療だけでなく、新薬開発の際の実験ツールとしても用いられています。例えば、何らかの病気に対する新薬を作る際、iPS細胞から病気の細胞を作ることができれば、新薬がその病気に効くのか、効かないのか、あるいは安全なのかどうかを検証することができますね。

ますます目が離せないiPS細胞の研究ですが、iPS細胞はがん細胞になりやすかったり、iPS細胞作製の効率が低かったりと、まだまだたくさんの問題を抱えているのも事実です。もし幹細胞研究、あるいは再生医療に興味があるのなら、ぜひ、あなたがその手で未来の医療を切り開き、創り上げて行ってください。

倫理に関して

以上のように大きな夢を見せてくれる万能細胞ですが、倫理問題についても議論がされています。
どんな問題があるかについては、【入試頻出テーマ】iPS細胞とES細胞の違いって?倫理的問題は何?の記事をご覧いたくと分かるかと思います!

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