努力って意味があるの?中学受験と大学受験の経験から学んだ厳しい現実

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この記事は 2016年06月28日に更新されました。

努力って、意味があるものなんでしょうか?

中学受験での失敗

私の初めての受験は、6年前の中学受験でした。
小学6年生の後半は、とにかくがむしゃらに勉強しました。朝起きてから夜寝るまで、好きなゲームをしたい気持ちも殺し、必死に勉強漬けの生活を送ったのです。友達が遊んでいるのを横目に、塾と志望校を往復する生活。

一生懸命勉強すれば、必ず第一志望に受かる、努力すればするほど、結果は必ずついてくる。当時まだ無垢だった私は、そう信じて頑張っていたのです。迎えた試験本番、私は普段の力を出し切り、手応えは十分でした。努力は報われた。そう感じたのです。

しかし、結果は不合格。実際に見に行き、我を忘れて号泣してしまった合格発表の光景は、大学1年生となった今でも、忘れることはできません。あれだけ時間をかけ、最大限の努力をし、我慢も重ねてきたのに、結果は実に無残なものだったのです。

その悔しさがずっと忘れられないまま、私は大学受験を迎えました。
再び勉強漬けの生活の始まりです。綿密な勉強計画を立て、ストイックに実行しました。少しの休憩以外は、常に何かしら教材を手にしていました。私は一生懸命でした。

そうしていると、ふと6年前を思い出すのです。あの記憶は、常に心の片隅に残っていました。努力しても無駄なんじゃないか。私にそう語りかけてきます。しかし私はその言葉に耳をふさぎ、勉強に没頭したのです。

やったことは同じ。でも結果は正反対

そして再び試験本番、私の感想は6年前と同じ。出せる力は出し切り、手応えは十分でした。まったく同じ努力とまったく同じ手応え。それは驚きでもあり不安でもあり、合格発表の間際は、言葉では表せないくらいドキドキしていました。

合格は、父からのLINEで知りました。私は、6年前と同じく、我を忘れて号泣しました。しかし、今度は第一志望に行けることの喜びと、リベンジを果たした嬉しさによってです。

6年前と今回と、私の努力に差はなかったと思います。どちらもできることをやりきり、必死に勉強に取り組みました。しかし、その結果はまったく正反対でした。

努力は必ず報われるとは限らないのです。残念ながら。
無駄になることだってたくさんあります。

ただ、これだけは間違えなく言えると思います。

努力しなければ、報われない。努力することが、成功の唯一の種なのです。

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