それは青いハル(受験生応援小説)第5話・第6話

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はじめに

受験を意識しだした高校2年生の皆さん、まだ見ぬ受験に向けて不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。

合格サプリでは、受験応援小説としてみなさんと同じ受験生となった4人の高校生たちが悩みを抱えながら受験に挑んでいく物語をお送りします。

直前期の高校3年生は、「自分もこんなことがあった」と読んでみてくださいね!

第5話 優花②:わたしだけ決まらないこと

 

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「小川さん……どうしたの、白紙だなんて」

二者面談。開口一番遠藤先生は戸惑ったように言った。こちらへ見せられたのは自分が先日出した白紙の進路希望調査だった。名前と私立、四年制大学希望だけ丸をつけて、それ以下の志望校は全て空欄になっている。

「いや……その。志望校が決まらなくて」

「何がしたいとか決まっていないの?」

こくり、と頷く。

「まあ、まだ決まっていない人もいるから大丈夫よ。オープンキャンパスとか行ってみたら、何かいいなと思う学部が見つかったりするんじゃないかしら」

遠藤先生の励ましも、どこか遠い。

分かっているのだ。結局は先生も40人あまりもいる生徒のうちのひとりが進路に悩んでいることなど、結局は他人事。進路を決められないのも、自分のせいなのだ。

********

結局、「志望校が決まらないと面談ができない」ということで、大半が勉強面の会話に費やされることになり、優花の面談は後日再度行われることになった。

面談が終わって、「失礼します」とドアを閉めたとき、溜息が出た。

志望校。

やりたいこと。

どちらも好きに選んでいい、という自由が、やけに重く感じられた。

「優花、おつかれ! どうだった?」

鬱々とした空気を取り払うような明るい声と、ぽんと肩に置かれた手。振り返ると、栞が立っていた。

「栞! 待っててくれたんだ」

「うん。一緒に帰ろう。駅前の喫茶店、新作のいちごのフラペチーノあるらしいよ。寄っていかない?」

「本当!? 行こう行こう」

優花はきゃあ、と声をあげながら栞と共に下駄箱の方へ向かっていく。夕焼けは既に迫っていて、笑顔の二人を橙色をした暖かい光が染めていた。

二人が向かったのは電車の発着音が聞こえる、駅下のカフェだった。駅に電車が来るのに合わせて人が増えたり、減ったりする。

二人は新作のパイが載ったフラペチーノを注文した。喉を通るチェリーの甘さに、思わず「おいしい」と言葉が出る。

目の前に座った栞も、「幸せー」と目をつむりおいしさを噛み締めているようだった。

「優花、面談はどうだった?」

「やりたいことを決めちゃいなさい、って言われた」

「そりゃあ白紙で出したらそうなるよ」

「そうは言われても、やりたいことが見つからないからさ……」

言葉がどんどんしりすぼみになっていく。一気にカフェのうるささが耳に飛び込んできた。

「ねえ、逆にどうして栞はやりたいことが決まったの?」

2年生になってお互いの進路の話を始めた当初から、栞は「国際関係の学部に行く」と強く言っていた。中学の頃から数学が得意だったから、てっきり栞は理系の学部に進学するものだと思っていたから、内心驚いたのだった。

「私は……高1のときの留学かな。もっと世界を知りたいと思ったし、私にできることがあればやってみたい、って思ったの。また大学生になったら留学にも行くつもり。だから、今は国際関係の学部があって、留学が充実している大学を探し中って感じ」

自分の将来をすらすらと語る栞。栞はこんなにも自分のこれからのことを考えられているのに、自分は何も決められていない。優花には彼女が自分とは違い輝いているような存在に思えて、少しの寂しさを感じた。

よほど不安そうな顔をしていたのだろうか、栞は優花に向かって笑い飛ばすように言った。

「そんなに気負わなくても大丈夫だよ。ああ、こういうのいいなあ、とかそういう気持ちだけでも。大学ってなんでもできるんだから」

確かに政治経済学部に進学した優花の兄も、今は経済について勉強している一方、一般教養で選択した文化人類学にも興味があると言ってそちらの講義も積極的にとっていると話していた。

「でも、結構きついよね。次の面談までに決めておくって。いつなの?」

「模試が帰ってきたら行いますって言われた」

「1ヶ月くらいか。大学のサイトとか見てみてもいいかもね。そこでピンとくるものがあるかもしれないし」

「そうだね」

「まあ、まずはその面談の前に中間テストもあるけどね?」

栞が口角をにやりと上げた。

「うわ。忘れてた」

5月の末に行われる中間テスト。赤点をとって大学受験以前に卒業できませんでした、などということになるのはなんとしても避けたい。

「栞先生、英語教えてください!」

顔の前で手を合わせて、拝むようなポーズ。栞は「よかろう!」とわざと声を低くして冗談めかして言う。

「火曜日と木曜日は予備校があるから、それ以外の日なら大丈夫だよ」

「栞、予備校通い始めたの?」

「そう。ほら、あそこ」

栞は駅の反対側に見える大手予備校の入ったビルを指差した。

「やっぱり、予備校っていいの?」

「人それぞれじゃないかな。私は家だと勉強が続かないタイプなのと、先生の声とかを聞いて授業を受ける方が頭に入ってくるから予備校を選んだけれど、通信教育とかの人もいるしね」

「なるほど……」

予備校に通いはじめた栞。ますます彼女が遠くにいるように思えてしまった。最近、クラスでもみんな同じような予備校のテキストを開いて休み時間に勉強したり、授業中に内職したりしている様子を見かけるようになった。つい1、2ヶ月ほど前まで、予備校なんて南雲など学年トップの人しか通っていなかったのに。

みんな自分よりも先の将来を見ている。氷と溶け合ったフラペチーノ。冷たさと共に喉をすり抜けたその味は心の中に沸騰し始めた泡のように起こり始めた不安を打ち消してはくれず、いつまでももやもやとした気持ちだけが残っていた。

 

********

これから予備校で自習をして帰るという栞と分かれて、優花は電車に乗り込んだ。5時半。部活や会社が終わるには少し早いこの時間帯の電車は、うつらうつらとしている乗客が多く、穏やかな空気に包まれていた。適当な席を見つけて、スマホを開く。

なんとなく、SNSのチェック。タイムラインを更新するも、増えているのは数件だけ。その中に、「本格的に受験勉強をはじめたいので、合格までお休みします」というつぶやきがあった。同じクラスの子だ。またか、と思う。

最近みんなSNSをログアウトしだした。何度もページ更新してもいっこうに変わらないタイムラインを、優花はぼんやりと眺めていた。

********

「それじゃあ、今の模試の結果だけれども……」

5月の終わり。優花は約束の面談を行っていた。

先日返却された模試の結果でどうしても目がいくのは、偏差値の項目だった。英、国、社会、共に48から52程度。高2の最後に受験したマーク模試の結果からは、どれも偏差値が5ほど下がっている。そしてその下に並んでいる志望校の判定は軒並みE。しかも、DよりのEではなく、下から数えたほうが早いE判定。

最初に結果を見た時も頭が白くなったけれども、やはりなんど見ても慣れないものは慣れない。

全国の受験生と自分との差を突きつけられた。自分が未熟だということを思い知らされて、胸が締め付けられるような思いだった。

「浪人生が入ってきた初めての模試だから、偏差値はあまり気にしなくていいわよ」

先生が模試を返却したときにも言っていたフォローも、どこかよそよそしく感じられてしまう。

「志望校の件。学部は決まっていないけれど、今のところはMARCHのどこか……という感じかしら」

先生の問いかけにこくり、と頷く。先生は手元の模試の結果のコピーと優花の顔を交互に見ながら、「そうね」と考えるようにつぶやく。

「まだ4月の結果だし、落ち込むことはないわ。これから夏や冬、頑張っていきましょう。小川さんは部活ももう引退しているし、勉強する時間はあるでしょう」

「……はい、分かりました」

「それじゃあ、面談はこれでおしまいにします。お疲れ様」

志望校のレベルがなんとなく決まったからか、面談は比較的早く終わった。最後に教室前方に掛かっているアナログ時計を盗み見ると、10分ほどしか経っていなかった。

鞄を肩にかけなおして教室を出ると、廊下の机には予備校のパンフレットが並んでいた。多くの人が持っていたらしく、随分と低い山になっている。優花も一冊手に取ってみた。慣れない重みが手に伝わる。パンフレットをぱらぱらと見ると、最初に合格体験記が載っていた。

満面の笑みを浮かべる男子の隣に並ぶ輝かしい合格実績。ひとことコメント欄には、「ずっと志望していた大学に合格できて嬉しいです」とある。

「行きたい大学……やりたいこと……」

どうしてみんな、それを決められるのか。

橙色に染まる空と、校庭から聞こえる野球部のランニングの掛け声を遠くに聞きながら、薄暗い廊下で優花は立ち尽くしていた。

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