【受験応援小説】それは青いハル(3月23日更新)

和哉③第10話:初心回帰

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それからしばらく、和哉の成績は散々なものだった。

学校でも常に1番だった成績は3番、6番と徐々に落ちていったり、塾で張り出される模試の成績も、自分よりも志望大学のランクが低い生徒に偏差値で抜かされたりした。

(何がおかしい、どうしてできないんだ)

テストや模試があるたびに、本棚を埋めていく参考書たち。だが何を解いても、成績は一向に上がってこない。それが顕著なのは数学だった。

テキストの問題は解けるけれども、それをいざ模試やテストで解こうとすると、途端に分からなくなってしまう。しかし解説を読むと、それは教科書レベルの基礎問題だったりもする。

 

昔ならそんな問題、どうってことなかったのに、どうして解けなくなってしまったのか。自分でも全く分からなかった。

 

*****

頭がぐらぐらする。和哉は前髪をかきむしった。目の前のデジタル時計は無慈悲にも11時30分を指している。

(もう2時間も経ったのか)

今日の英語の復習を終えて、明日の数学の授業の予習を初めたはいいものの、第1問目から早速躓いた。教科書に戻ってみたところ、似たような問題はあるもののそれに応用が加わっているようで、途中から全くひらめかない。数学ⅡBは去年で全範囲終わっているはずなのに。

(どうして解けないんだ)

裏紙にひらめいた式を走らせては途中で止まって、こうじゃないとバツを大きくつける。テキストの横にはバツのついた紙が数枚ちらばっていた。それを見るのも嫌気がさしてきて、ぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。

(これも違う。となると、もう他には……)

「和哉?」

彼のいらだちをさらに増幅させるようなタイミングで、扉が叩かれた。母親だ。背を向けたまま、「何」と尋ねると、

「最近、詰め込みすぎじゃない? 一旦、今日は寝たら?」

「分かってる」

あまり睡眠不足だと、明日の集中力が低下する。そうなると、授業やその後の塾にも支障が出る。そろそろ寝るべきだ。今更に言われなくても分かっている。

だが、それは数学のこの問題を放置することを意味する。数学の授業に予習なしで挑むなんて、とんでもない。それに、

(皆、解ききってくる筈だ)

和哉が塾で受けているレベルの授業では、同じ東大志望が多数を占めている。雑談を聞いていると、みんな予習の段階で大体の問題は正解しているらしい。

置いていかれるわけにはいかない。自分も解けるようにならなくては。

そう意気込んでシャープペンを走らせるものの、やはり今度のひらめいた式もうまくいかなくて、結局途中で躓いてしまった。またひとつ、白い紙に大きな黒いバツがつく。

結局和哉が寝たのは3時を回ってから。結局問1すらも解けないままだった。

*****

「和哉、暗いな。どうしたんだよ」

 昼休み、目の前に大きな影が落ちたと思って顔を上げると、そこには紙パックのジュースを飲んでいる大樹が立っていた。

「なにこれ。数学?」

「ああ。今日塾なんだ」

次の日も、隙間時間を利用して、和哉はなんとか予習を終えようと格闘していた。行儀が悪いということは承知で昼食の間も横に置いて頭のなかで考えつづけていたものの、どうしてもあと一歩というところで行き詰まってしまうのだった。

「ふーん。あ、俺これなら分かる」

テキストを斜め読みしていた大樹が指差したのは、ちょうど昨日から和哉が苦戦していた問題だった。

「多分これ、こうだろ? で、公式を変形させて……」

大樹がシャープペンを走らせて、和哉が解けていなかった問題をすらすらと立式していく。その式は和哉にも納得のいくもので、つい「なるほど」という言葉が口から漏れ出す。

「いや、それにしてもこれ難しいな。さすが和哉の塾の問題」

「でも、正解しているじゃないか。どうやってひらめいたんだ?」

「ひらめいたっていうか……。これ、教科書に載ってる問題に似ているからな。そこから応用した」

和哉は大樹の言葉を聞いて、思わず言葉を失った。

《教科書に載っている》。難関大学用の問題周でもテキストでもなく、教科書に。

和哉は机から教科書を取り出してぱらぱらと該当する頁を探す。それはすぐに見つかった。教科書の例題に、ほとんど展開が似ている問題があったのだ。ひねってあるのは最後だけ。だが、それも次の例題で紹介されている解法。

和哉が何十分、何時間と考えていた問題は、ほとんど見ていなかった教科書レベルの事項の問題だったのだ。

(――もしかして)

その衝撃で頭が真っ白になったあと、和哉はひとつの結論にたどりつく。

自分が数学ができない理由。それはもしかして、教科書にあったのではないだろうか、と。

*****

塾から帰った後、和哉は教科書を開いて章末問題を解いてみた。発想・展開させて、最後まで答えを見ずに書ききれるか。数ⅠAの数と式から始めてみた。

ⅡBの範囲になってくると、躓くことが増えてきた。指数対数・関数の分野になってくると、最初の式すら立てられないことも。

和哉は手を強く握りしめて拳のかたちをつくった。これではっきりと分かった。くやしさで唇を強くかんだ。

(何が東大だ。何が予備校のテキストだ。そもそも自分は、教科書の分野すら完璧にできていないじゃないか)

机の横に地層のように積み上げられた参考書たち。そこになかった答えは、和哉が今まで軽視していたものの中にあったのだ。

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