【受験応援小説】それは青いハル(3月23日更新)

栞③第11話 進むべき道

 

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9月になった。

とはいえ、まだまだ夏の余韻は強く。太陽は強く照りつけ、汗ばんだ半袖の制服を着た生徒たちはうちわなどで授業中あおいでは先生に叱られていた。

栞が日直の用事で職員室前に向かうと、髪を明るく染めた大学生がひとりの先生の前に集まっていた。OBOGが遊びに来ているのだろう。

(来年は私もああなっているのかな)

横を通ろうとしたとき、そのうちのひとりがこちらを振り返って、「栞!」と自分を呼び止めてくる。栞は振り向いて、声の主を突き止めると顔を輝かせた。

「大沢先輩!」

そこに立っていたのは、部活の先輩だった大沢だった。部活の時はショートだった髪は肩のあたりでゆるくウェーブがかかっていて、バニラのような甘い香りのする香水をつけている。

服装も合宿のときに見た私服より数段大人びていて、ファッション雑誌に出てくるモデルのようだった。

「久し振り。元気だった?」

「はい! 先輩は?」

「私も元気だよー。国際系だから英語の授業が多くて大変だけど」

「先輩、国際系だったんですか!」

大沢は仲の良い先輩だったが、送別会などで「進学先を聞くのはタブー」という暗黙のルールにより、先輩の進学先は今まで知らなかったのだ。

「うん、◯◯大学の国際教養学部。栞はどこ学部志望って決めたの?」

「私、先輩の大学志望です! 学部も一緒」

はじめて同じ高校で進学希望先の先輩を見つけた喜びに、栞は声を高くした。大沢は目を丸くする。

「本当!? 栞が来てくれたら嬉しいな。勉強頑張ってね」

「が、頑張ります……。それで先輩、少し大学についてお話を伺いたいんですけど……この後って大丈夫ですか?」

オープンキャンパスに行ってわかったことも多かったけれど、実際に通っている大学生から詳しい雰囲気を知りたかった。大沢はスマホを開いて時間を確認する。

「うん、大丈夫だよー」

「なになにー? 大沢さん、これから後輩と密談でもなさるんです?」

大沢と一緒に来ていたOGのひとりが、口角を上げて茶化すように言った。「そんなんじゃないよ」と大沢は手を胸の前で振る。

「栞は、今日はこれで授業終わり?」

「はい! あとは掃除して帰るだけです」

「じゃあ、校門で待ってるわ。終わったら連絡ちょうだい」

「分かりました。急いで向かいます! 失礼します」

栞は肩に鞄をかけて、教室へ怒られない程度の早足で戻る。途中で生活指導の先生に振り返られたけど、気にしないことにした。

「どうしたの、栞。嬉しそうだね」

教室に入ると、黒板消しを片手に持った優花がこちらの姿を認めて話しかけてきた。

「部活の先輩が来てて、このあとお茶することになった」

「へえ! いいね」

「うん。その先輩、私が行きたい大学の一年生なんだって。楽しみ」

「うんうん。楽しんできてね」

「優花は今日、塾?」

栞は、今日の自分の当番である花瓶の水替えのために花を広げた新聞紙の上に置いた。

「そうなの。英語。頑張ってきます」

優花は輝くような笑顔を見せる。

志望校が明確に決まってから、優花は明るくなった。自分がどこを目指せばいいのかが明確になったことで、勉強へのモチベーションも上がったのか、成績もどんどん向上しているらしい。

(だけど、私は……)

生ぬるい水を花瓶に注ぎ込む。脳裏には親の顔が過ぎった。あれ以来、親との話し合いはできていない。父親も母親も仕事が立て込んでいるのか、栞が寝てから帰宅して、彼女が学校に行ってから起きている。まるで家庭内一人暮らしをしている気分だ。

(全然、進歩できてない)

きゅっと蛇口を閉める。その甲高い音がどこか耳障りな余韻を栞に残していった。

*****

駅前のカフェの窓際の席で、注文した新作のケーキを食べながら二人は向かい合っていた。

「やっぱり、大学って遠いですか」

栞が希望している大学は、ここからは2時間ほどかかる場所にある。「通うことになったら通学はどうするのか」というのも栞の親が進学を反対する理由のひとつだった。

「そうだね。朝の快速でも2時間近くはかかるかなー。駅からのバスもあるから、結構遠いかも。だから、一人暮らししている子とかも多いよ。私もサークルが遠いから大学の近くで一人暮らし」

「先輩はいまどんなサークルに所属していらっしゃるんですか?」

「弦楽器サークル。9時くらいまでやってるから、一人暮らしじゃないと終電が厳しいかなって感じはする」

9時、と聞いて青ざめた。塾の終わる時間と同じじゃないか。

「親御さんに反対とかされましたか」

大沢は「うん」と頷いた。

「だから親とはしっかり話し合ったよ。お金の関係もあるし」

カフェオレを大沢は一口のんだ。

「最後は、『私はどうしてもこの大学に行きたい』って説得した」

「いったい、どうやってやったんですか?」

まさに自分が今からしなくてはならないことだ。栞は身を乗り出して質問した。

「その大学のこの学部でしかできないことを伝えただけだよ」

「この学部でしかできないこと……」

「それは私には手伝えないから。そこは栞がご両親に誠意を持って伝えるところじゃないかな」

「頑張ります……。私、今親に『理系に進学して』って国際系の進学を反対されてて」

もうどうしたらいいのか分からなかった。親と話す時間もとれないうちにもう9月。「夏までに親と第一志望の相談」と言われていたのに、仲違いをしたままだ。

「なるほど。うーん……」

腕を組みながら、大沢は眉根を寄せて悩んでいる。

「栞はさ。どうして親御さんが『理系に進め』って言っているか、聞いたことある? 真剣に」

「真剣に……」

大沢の言葉に自身のことを振り返ってみると、確かに「親は自分のことを頭ごなしに決めつけてくる」と思い込んで、親の言い分を真面目に聞いてこなかった気がする。それに、自分もどうして国際系に進学をしたいのか、親に正式に説明したことはなかった。

ただ、自分が「行きたい」「行きたい」とだけ言っていて、突っ走ってきただけになっていたのではないか。

頭から冷水を浴びせられたかのような感覚に陥った。

「栞のところ、確か親御さん共働きだったよね。忙しいかもしれないけれど、一回時間をとって話し合ってみたら? 親御さんがどうして栞に理系を勧めるのか。それでも栞はどうして国際系に進みたいのか」

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