【受験応援小説】それは青いハル(3月23日更新)

大樹③第12話

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「受験の天王山」と呼ばれる夏が終わった。
もちろん、大樹も通っていた塾で夏期講習を受け、空き時間も自習をしていた。

「えー、ここの問題は、この公式を使って、それをさらに変形させて……」

夏期講習の最後の科目は数学だった。得意な科目だけあって、予習段階でほぼ正解だった。

皆が黒板と自分の答えを見比べながら食らいつくように授業を受けている中、大樹はそれをどこか冷めた目で見つめていた。

(なんでこいつら、こんなに真剣なんだ。バカバカしい)

受験という出来事に、どうしてみんなこんなに必死になることができるのだろう。なぜ大好きなことをそれぞれ我慢して、10時間以上部屋にこもって勉強ができるのか。大樹には不思議でならなかった。

そんな風で適当に勉強をして漫然と過ごしていたら気がついたら9月になってしまい、学校が再び始まった。

「おーい、義也」

放課後、自分の机で勉強をしていた義也に声をかける。義也が顔を上げた。文系の彼は世界史の一問一答を片手に、青ペンで暗記事項を裏紙に書きなぐっているところだった。

「大樹。どうした」

「今日おまえ塾ないだろ。ゲーセンでも行かないか?」

大樹の提案に、義也は困ったように視線をさまよわせた。

「あー……悪い。俺、これから塾ない日は図書館で勉強することにしたんだ」

大樹は凍りついた。

「いや、もう9月だろ。この前の模試の結果のままだと、第一志望は厳しいって言われてさ。ちょっと本格的に勉強をはじめないとまずいなーと思って。じゃあな」

義也は一問一答を鞄のポケットにしまい込むと、教室を出ていった。

ひとり教室に取り残された大樹は、呆然としながら義也の背中を見送った。教室中に満ちた雑談が遠い。

(どうして……)

7月は、カラオケに行ったりゲーセンで遊んだりしていたというのに。驚きの次にこみ上げたのは、苛立ちだった。

(義也はもういい。他のやつでも誘おう)

誰かはいる筈だ、とバスケ部の友人何人かにメッセージを送ってみたものの、結果はすべて空振り。「予備校」「勉強」を理由とした断りのそっけないメッセージが返ってくるだけだった。

3人ほど似たような返信がきたところで嫌になって、大樹はスマホをしまった。今日遊ぶのはやめだ。部活にでも寄ろう。大樹は足を体育館へ向けた。

*****

今日は生憎の雨だった。

雨になると、体育館はいつもは外を使っているサッカー部や陸上部との共有になるので、バスケ部はとても狭いスペースでの活動を余儀なくされる。今日も半コートしか使えていないようで、ストレッチや基礎トレに励んでいるようだった。

後輩たちを驚かせようと、大樹は体育館の2階から様子を見下ろしていた。

「皆、集まってくれ」

ほうぼうで練習をしていたメンバーを、キャプテンが手を叩いて集める。

大樹が引退した時はまだ頼りなさそうな様子だったキャプテンは、今や声をはりあげて後輩や同級生をまとめきっていた。

「今週末の△△高校との練習試合に向けて、スターティングメンバーを発表する」

キャプテンが名前を読み上げていく様子を見ていると、大樹は寂しさを感じた。

既にバスケ部は、大樹たちが抜けた後の体制を整えていた。大樹のポジションは、顔すらもよく覚えていなかった1年生が担当することになっている。

もうここには、自分の居場所はない。

*****

(みんな頑張ってたのか)

帰宅した大樹は、とりあえず勉強をしてみようと教科書を開いてみた。得意教科からならある程度やる気も湧くだろうと思って、数学を始めた。

キリのよいところになったから顔をあげると、なんと3時間も経っていた。不思議と集中できていた。

大樹は突然のやる気に満ちていた。脳裏を過るのは、勉強をするために図書館に向かう義也の背中と自分たちが抜けても順調に回っていくバスケ部の姿。

自分の居場所はなくなった。いや、なくなったんじゃない。これから受験で作っていくんだ。

(義也もみんなきっとそうなんだ)

自分には、大学に行ってこれがやりたいとか、あれがやりたいとか、そんな大層なものはない。和哉みたいに周囲から多大な期待を受けているというわけでもない。それがどうした。むしろ楽だ。

(俺は俺のペースで、受験勉強を進めていけばいいんだ)




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