【受験応援小説】それは青いハル(3月23日更新)

第8話 ミライ

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教室に入ると、大樹は大きなあくびをした。

(昨日、遅くまでゲームやりすぎたな……)

イベントが今日までだったので、なんとか目標の点数まで稼ごうとしたところ、結局寝たのが3時すぎだった。遅刻ギリギリの時間まで寝ていたものの、まだ眠い。大樹は自分の机に突っ伏した。窓際の方の席なので、差し込む暖かい光で更に睡眠欲が加速されていく。

瞼を閉じると、周囲の生徒たちの紙をめくる音や話し声などもどんどんフェードアウトしていって、無音の世界が大樹を包み込んだ。

*****

「なあ、大樹」

次に大樹の目の前に現れたのは、ついこの間までほぼ毎日通いつめていた体育館だった。磨き抜かれた床の上に、かごからあふれたバスケットボールが円のように散らばっている。

その中央には、義也がいた。義也はいつも朝練があるからとジャージ登校だったけれど、今はブレザー姿だった。

「義也、どうしたんだよ」

「なあ、大樹」

「大樹」

大樹の名前を呼びながら、次々とどこからかバスケ部のチームメイトたちが現れて、一列になってまっすぐにこちらを見据えてきた。

「ど、どうしたんだよ。みんな」

バスケ部のみんなは、同じように哀しげな表情を浮かべている。中央の義也が口を開いた。

「俺たち、もう行くな」

それだけ言うと、みんなは大樹に背を向けて歩き出す。みんなが向かう扉の向こうからは、まぶしい白い光が差し込んできていた。

「おい、待てよ。俺も行く」

大樹は追いつこうと足を一歩踏み出そうとした。が、体が動かない。まるで金縛りにでも遭ったかのように、自分の体が言うことをきかなかった。

「おい、待ってくれよ!」

声を張り上げて叫ぶけれど、義也も誰もこちらを振り返ろうとはしない。その代わりに、バスケットボールがひとつ、ころころとこちらへ転がってきた。

義也たちの姿が白い光に包まれて、もうすぐ見えなくなってしまう――。

「ちょっと、ねえ。大樹ってば」

はっと目を開くと、目の前には少し呆れたような表情を浮かべた栞の顔があった。

「神崎?」

かすれた声で尋ねると、「もう1時間目始まるよ」と言われた。次が移動教室の栞は、肩に鞄を掛けている。

顔を上げて時計を見ると、確かに1時間目開始3分前だった。

「大丈夫? ずいぶんうなされていたみたいだけど」

「ああ……起こしてくれてサンキュー」

額に手を当てると、冷や汗がついた。嫌な汗だ。

「大樹、確か次の移動遠いでしょ。さっさと行かないと遅刻するよ」

「ああ。数学の先生、遅刻に厳しいからなー。急ぐわ」

ロッカーから授業以外では置き去りにしている数学の教科書を取り出し、教室を飛び出す。廊下を通りすがった先生が「走らない!」と注意してきたので慌てて早歩きに切り替えた。

(焦った……。あれ、夢だったんだな……)

義也たちが去っていくあの姿が、現実でなくてよかった。大樹は胸を撫で下ろした。

そんな彼を急かすように、スピーカーから授業のはじまりを知らせるチャイムの音が鳴り出した。

*****

 昼休み、新キャプテンとなった後輩からメッセージがきた。練習試合が決まった、という報告だった。

「頑張れよ!」とメッセージを送って、ふと考える。

(日曜なら、応援に行けるんじゃないか?)

それなら一人よりも、義也や他のメンツも誘った方が盛り上がるし、自分も楽しい。

手を洗いに廊下に出ると、ちょうど義也がいた。

「おう」

「おお、大樹」

「何してるんだよ、ノートなんて持って」

「さっきの物理の授業で分からなかったところ、先生に質問してた。基礎からやり直さないと、応用はできないな」

ノートを脇に抱えて隣で手を洗っている義也の顔を、大樹はまじまじと見た。

なんか変だ。

具体的に何がおかしいかと言われると、言い表せない。けれども、何かが確かに変だ。

自分の中に湧き上がってきた疑惑を打ち消そうと、明るい口調で大樹は会話を切り出した。

「そう言えば、さっき練習試合が決まったって聞いた」

「へえ。どことだ」

「O高」

「O高か。2年のPGに強いヤツいたよな。あいつをどうにかしないとな」

「そうなんだよ」

バスケの話をしていると、先程の違和感が拭えてくるようで、ついつい言葉尻が弾んでいく。

「なあ、試合みんなで観に行かないか? 応援しようぜ。きっとO高の3年も来てるだろうし」

義也が蛇口を閉めた。

「あー……」

後頭部をかいて、義也は気まずそうに切り出した。

「悪いけど、パス」

「なんでだよ」

「いや。だって、俺ら受験生だろ。俺、日曜に予備校の授業があるんだ。悪い」

じゃーな、と義也は手を拭くと自分の教室に戻っていこうとする。背中をこちらに向けた瞬間、先程の夢の義也が自分を置いてけぼりにしていく姿がフラッシュバックして、思わず声が大きくなる。

「おい、義也、待てよ……!」

『だって、俺ら受験生だろ』

そう言ったときの義也は、真剣な表情をしていた。バスケをしていた時とはまた違う、自分の将来を考えている顔だった。

ああ、そうか。と大樹は納得した。

先程から自分が抱えていた違和感の正体に、気がついた。

(俺ひとりだけ、変わってないんだ……)

みんなはバスケットボールからシャーペンに持つものを変えたのに、自分はまだ、バスケットのコートの中にいる。

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