それは青いハル(受験生応援小説)―第七話・第八話―

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はじめに

受験を意識しだした高校2年生の皆さん、まだ見ぬ受験に向けて不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。

合格サプリでは、受験応援小説としてみなさんと同じ受験生となった4人の高校生たちが悩みを抱えながら受験に挑んでいく物語をお送りします。

直前期の高校3年生は、「自分もこんなことがあった」と読んでみてくださいね!

第7話 Be in trouble

 

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英語の成績を上げるにはどうしたらいいのか。栞は悩んだ末に、予備校の英語の先生に聞いてみることにした。

授業中は目を鋭く光らせていて、生徒に怖い印象を与えていた先生だったが、講師室でおずおずと尋ねると、先生は穏やかな口調で語りだした。

「英語ができるようになるには、まずはやっぱり単語だよ。6000語。まず受験に必要な単語はそれくらいだ。普通の単語帳を一冊買えば、それで十分。まずはそれを一冊完璧にするんだ。それと並行して、英文法の勉強も行うこと。まずは1ヶ月、騙されたと思ってやってごらん」

「君たちを合格させる」。初回の授業で先生はそう言った。栞は先生の強い言葉に、意思をもった眼差しに深く感銘を受けた。この先生は本気だ。その後の授業の、丁寧な構文・設問の解説は今まで知らなかった知識が多かった。

栞はアドバイスの通りに、まずは単語を覚えることを最初の課題とすることにした。

******

(しかし、どう勉強すれば覚えやすいんだろう……)
とりあえず開いた単語帳を目の前にして、栞は腕を組み悩んでいた。5月の中頃。ゴールデンウィークが明けると、長袖のシャツだと少し汗ばむようになってきた。電車の中では眠そうに何度もまばたきしている人が多い。その中には、栞と同様に単語帳を持っていたり教科書を読んでいたりする人がいる。

(あれ、私と同じ単語帳だ。それにあの人は……うわあ。数Ⅲのテキストを勉強してる。理系かな。難しそう)

受験勉強を始めた頃から、電車や教室で勉強している生徒がよく視界にとまるようになった。いったいどのような勉強をしているのか、どういう大学を志望しているのか、がついつい気になってしまう。

栞が「おはよう」と教室の扉を開けると、「あ、栞。おはよー」とドア側の席に集まっていた女子数人が振り返る。校門前で配られていた予備校のチラシを取り囲んでいるようだった。

「この塾ってどうなの?」「お姉ちゃんここで受験したけど、先生によって当たりハズレあるって言ってた」「もっと大きな駅まで出たほうがいいのかな」

2年生のときは、塾の案内チラシと一緒に封入されているカラーマーカーや消しゴムが欲しくてもらう人が大半で、ゴミ箱に塾の講座案内が捨てられているなんてことはしょっちゅうだった。けれど、3年になるとみんな捨てていたほうを真剣に読んでいる。

朝練が多い吹奏楽部に所属していたころの習慣で、栞の登校は早い。教室にいる生徒もまばらだ。

けれど、その間に漂う空気は、2年生や、4月のときとはちがう。どこか緊張感をもったものになっている。みんなが受験を意識しだしたからなのだろうか。

その緊張を一番強く感じたのは、自分の席に着いたときだった。斜め前の南雲和哉が勉強していた。いつも彼は栞よりも早く登校していて、終礼が終わると予備校のために一番に帰る。学年で一番勉強にストイックで、成績トップ。この学年で東大に行くとしたら、和哉しかいないとみんな思っていた。

(南雲くん、今日もまじめだなあ……。朝から早起きして……)

そこで、栞ははっとひらめいた。

和哉を見習って勉強をしてはどうか。

彼は栞より早く学校に来ている。ということは、必然的に起きる時間も早いことだろう。

(まずは1時間早起きして英単語の勉強をしてみよう)

栞は手帳を取り出して、翌日のToDoリストの欄に、「早起き→英単語」と書き込んだ。

勉強手帳を作るようアドバイスをしてくれたのも、予備校の先生だった。自分が何を勉強したのか分かって、モチベーションも上がるからと。

(今週は模試もないし勉強時間が多くとれるな)

朝の1時間、通学途中の30分、帰宅後の3時間とお風呂の間、と栞は勉強をできそうな時間を書き出した。

(英単語を1日100語早起きして勉強して、寝る前にも軽く見て、と。とにかく英語に触れる時間を増やそう)

正直、英語は苦手だ。だが、自分のやりたいことのために英語が必要だと言うのなら、勉強したい。

(それに、英語ができたらもっとエミリーと会話ができるようになる)

メールを開く。数日前に届いたエミリーからのメッセージだった。帰国してから2年。彼女とのやりとりは続いていた。1歳上の彼女はメルボルンで大学生活を満喫しているようで、この前は休暇を利用してニュージーランドに行ってきたらしい。

彼女とのメールのとき、栞はいつも翻訳機能を使ってしまう。翻訳機能はときどき変な風に和訳したり英訳したりしてしまうから、辞書も並行してその都度修正しなければならない。本当はそんなことせず、すぐに彼女からのメッセージを理解して、返信できるようになりたい。受験が終わって会うことがあったら、スムーズに話せるようになりたい。

エミリーと英語で会話している自分を想像すると、胸が高鳴った。

(よし、英語の勉強、頑張ろう!)

栞は手帳を閉じると、暗記できていない、付箋のついている英単語を集中的に覚えることにした。

まずは目で見て、小さく声に出す。その後、スペルの確認。全部書くのは手が疲れてしまい手間なので、どうしても覚えられないものだけ書くように心がけている。

(1日100単語を、丁寧に覚えていこう)

今日の単語の勉強が、将来につながっていることを信じて。

*****

スマホのアラームがけたたましい音を立てる。栞は布団から顔を出し、時刻を確認した。5時30分。いつもより1時間早く起きたことになる。

「よし、うまくいった」

眠気を吹き飛ばそうと、布団をたたむと窓を開けた。空はまだ薄暗く、藍色に満たされている。

栞は英単語帳のアプリを起動させた。このアプリは単語が発音されるのにあわせて、自分も声を出して発音する。そして、ナレーターが発する単語の意味を聞く。今勉強している範囲は基礎の方なので、2年生の長文の授業で出てきた単語も多い。意味が分からない単語には付箋をつける。電車内でチェックするためだ。

100単語をCDに合わせて一周したところで時計を見ると、15分ほど経っていた。

(つまり、1時間早起きするだけで、100単語を4周もできるのか!)

早起きする分頭がいいのは当然かもしれない、と妙に納得してしまう。

(早起きって、受験勉強にいいかも)

そう考えると、単語をCDに合わせて発音することが少し楽しくなってきて、2周、3周とテンポよく進んでいく。

単語帳を4周して自分の部屋の外に出る。廊下の窓から見えた空は藍色と橙色のグラデーションを作り上げていた。いつもと違い、すっかり目も冴えていたので、空を綺麗だな、と思う心の余裕もあった。

両親が共働きのため、朝食と弁当を作るのは栞の役目だ。トーストを焼いているときに、母親が現れた。

先日の文系と理系どちらに進学するべきか、という一件以来母親とは気まずくなっていた。つい母親の足音を聞いて、身構えてしまう、

「……おはよう」

料理を机に並べながら挨拶をすると、「ん。おはよう」と母親が返してきた。椅子にどっかりと座り、ブラックコーヒーを一口。母親の習慣だった。

「栞」

しばらくしてから、母親が口を開く。

「どうしたの?」

「今、予備校は英語だけ通ってるのよね?」

「そうだけど」

母親はコーヒーを机において、栞の目をしっかりと見据えた。

「いつ、理科は習い始めるのか教えてちょうだい。文系を選択しちゃったから学校では勉強できないから、塾で勉強するなら早いほうがいいわ」

栞は身を固くした。自分が文系に進みたいと言ったことを無視されたように思われて、卵をくずしていた箸を止めてしまう。

栞は、思わず振り返って反論しようとした。

「でもお母さん、私は……」

「……あら。こんな時間。ごめんね、栞。行ってくるわね」

時計を見た母親は、いそいそとスーツの上着を羽織って仕事へ行ってしまった。

バタン、とドアが閉まると栞の口から溜息が漏れ出た。

(……このままじゃだめだ)

母親に、自分が理系ではなく、国際系に進学したいことを伝えなきゃ。

――でも、どうすれば伝わるのだろう?

英語の悩みが解決した矢先、またひとつ、悩みが増えてしまった。

第8話 ミライ

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教室に入ると、大樹は大きなあくびをした。

(昨日、遅くまでゲームやりすぎたな……)

イベントが今日までだったので、なんとか目標の点数まで稼ごうとしたところ、結局寝たのが3時すぎだった。遅刻ギリギリの時間まで寝ていたものの、まだ眠い。大樹は自分の机に突っ伏した。窓際の方の席なので、差し込む暖かい光で更に睡眠欲が加速されていく。

瞼を閉じると、周囲の生徒たちの紙をめくる音や話し声などもどんどんフェードアウトしていって、無音の世界が大樹を包み込んだ。

*****

「なあ、大樹」

次に大樹の目の前に現れたのは、ついこの間までほぼ毎日通いつめていた体育館だった。磨き抜かれた床の上に、かごからあふれたバスケットボールが円のように散らばっている。

その中央には、義也がいた。義也はいつも朝練があるからとジャージ登校だったけれど、今はブレザー姿だった。

「義也、どうしたんだよ」

「なあ、大樹」

「大樹」

大樹の名前を呼びながら、次々とどこからかバスケ部のチームメイトたちが現れて、一列になってまっすぐにこちらを見据えてきた。

「ど、どうしたんだよ。みんな」

バスケ部のみんなは、同じように哀しげな表情を浮かべている。中央の義也が口を開いた。

「俺たち、もう行くな」

それだけ言うと、みんなは大樹に背を向けて歩き出す。みんなが向かう扉の向こうからは、まぶしい白い光が差し込んできていた。

「おい、待てよ。俺も行く」

大樹は追いつこうと足を一歩踏み出そうとした。が、体が動かない。まるで金縛りにでも遭ったかのように、自分の体が言うことをきかなかった。

「おい、待ってくれよ!」

声を張り上げて叫ぶけれど、義也も誰もこちらを振り返ろうとはしない。その代わりに、バスケットボールがひとつ、ころころとこちらへ転がってきた。

義也たちの姿が白い光に包まれて、もうすぐ見えなくなってしまう――。

「ちょっと、ねえ。大樹ってば」

はっと目を開くと、目の前には少し呆れたような表情を浮かべた栞の顔があった。

「神崎?」

かすれた声で尋ねると、「もう1時間目始まるよ」と言われた。次が移動教室の栞は、肩に鞄を掛けている。

顔を上げて時計を見ると、確かに1時間目開始3分前だった。

「大丈夫? ずいぶんうなされていたみたいだけど」

「ああ……起こしてくれてサンキュー」

額に手を当てると、冷や汗がついた。嫌な汗だ。

「大樹、確か次の移動遠いでしょ。さっさと行かないと遅刻するよ」

「ああ。数学の先生、遅刻に厳しいからなー。急ぐわ」

ロッカーから授業以外では置き去りにしている数学の教科書を取り出し、教室を飛び出す。廊下を通りすがった先生が「走らない!」と注意してきたので慌てて早歩きに切り替えた。

(焦った……。あれ、夢だったんだな……)

義也たちが去っていくあの姿が、現実でなくてよかった。大樹は胸を撫で下ろした。

そんな彼を急かすように、スピーカーから授業のはじまりを知らせるチャイムの音が鳴り出した。

*****

 昼休み、新キャプテンとなった後輩からメッセージがきた。練習試合が決まった、という報告だった。

「頑張れよ!」とメッセージを送って、ふと考える。

(日曜なら、応援に行けるんじゃないか?)

それなら一人よりも、義也や他のメンツも誘った方が盛り上がるし、自分も楽しい。

手を洗いに廊下に出ると、ちょうど義也がいた。

「おう」

「おお、大樹」

「何してるんだよ、ノートなんて持って」

「さっきの物理の授業で分からなかったところ、先生に質問してた。基礎からやり直さないと、応用はできないな」

ノートを脇に抱えて隣で手を洗っている義也の顔を、大樹はまじまじと見た。

なんか変だ。

具体的に何がおかしいかと言われると、言い表せない。けれども、何かが確かに変だ。

自分の中に湧き上がってきた疑惑を打ち消そうと、明るい口調で大樹は会話を切り出した。

「そう言えば、さっき練習試合が決まったって聞いた」

「へえ。どことだ」

「O高」

「O高か。2年のPGに強いヤツいたよな。あいつをどうにかしないとな」

「そうなんだよ」

バスケの話をしていると、先程の違和感が拭えてくるようで、ついつい言葉尻が弾んでいく。

「なあ、試合みんなで観に行かないか? 応援しようぜ。きっとO高の3年も来てるだろうし」

義也が蛇口を閉めた。

「あー……」

後頭部をかいて、義也は気まずそうに切り出した。

「悪いけど、パス」

「なんでだよ」

「いや。だって、俺ら受験生だろ。俺、日曜に予備校の授業があるんだ。悪い」

じゃーな、と義也は手を拭くと自分の教室に戻っていこうとする。背中をこちらに向けた瞬間、先程の夢の義也が自分を置いてけぼりにしていく姿がフラッシュバックして、思わず声が大きくなる。

「おい、義也、待てよ……!」

『だって、俺ら受験生だろ』

そう言ったときの義也は、真剣な表情をしていた。バスケをしていた時とはまた違う、自分の将来を考えている顔だった。

ああ、そうか。と大樹は納得した。

先程から自分が抱えていた違和感の正体に、気がついた。

(俺ひとりだけ、変わってないんだ……)

みんなはバスケットボールからシャーペンに持つものを変えたのに、自分はまだ、バスケットのコートの中にいる。

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