世界史解説【共和政ローマ】

「内乱の1世紀」と反ローマ闘争

ローマは無産市民から志願兵を募集する傭兵制(職業軍人制)を採用することで軍事力の再建を図りましたが、結果的には傭兵を私兵化した有力将軍たちによる権力抗争が繰り返されることになりました。

平民会を重視する平民派のマリウスと、元老院を重視する閥族派のスラとの激しい権力抗争から「内乱の1世紀」がスタートし、各地で反ローマ闘争が起こりました。

ユグルタ戦争(前111〜前105):北アフリカのヌミディア王による反乱。
同盟市戦争(前91〜前88):同盟市がローマ市民権を要求して反乱。
ミトリダテス戦争(前88〜前63):小アジアのポントス王の反乱。
スパルタクスの反乱(前73〜前71):剣奴の反乱。

第1回三頭政治(前60〜前53)

スラの後継者となり、スパルタクスの反乱の鎮圧やセレウコス朝の征服などで頭角を現したポンペイウスは、元老院との衝突を機にカエサルクラッススと提携し、3人でローマの政治を行いました。

これを第1回三頭政治と呼び、この間カエサルはガリア(現在のフランスあたり)遠征に着手して征服し、その記録として「ガリア戦記」を残しました。

クラッススパルティア遠征中に戦死すると、ポンペイウスは元老院と組んでカエサルの排除に乗り出しますが、最終的にはカエサルが勝利しました。

その後、カエサルは独裁政治を行いました。

彼はエンペラーの語源となったインペラトルの称号を獲得し、終身独裁官に就任しました。

しかし、カエサルの独裁に対し反発した共和派カエサルを暗殺したことによってローマの政治は再び混乱しました。

第2回三頭政治(国家再建三人委員会)(前43〜前36)

カエサル暗殺後の政治混乱を背景に、カエサルの養子であったオクタヴィアヌスと、カエサルの部下であったアントニウスレピドゥスが反カエサル派の討伐を目的に立ち上がりました。

そして彼らは第2回三頭政治国家再建三人委員会)を行ったのです。

レピドゥスを失脚させたオクタヴィアヌスは、プトレマイオス朝の女王クレオパトラと組んで東地中海世界に勢力を築いたアントニウスとの対立を深めました。

オクタヴィアヌス前31年アクティウムの海戦アントニウスクレオパトラの連合軍に勝利を収めました。

その翌年にプトレマイオス朝エジプトは滅亡し、ヘレニズム時代は終わりを迎えます。

そして前27年、オクタヴアヌスは元老院からアウグストゥスの称号を獲得しました。




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