【東大女子 高知】自分との闘いを制し、東大合格を果たした先に待っていた、新しい世界とは!?

東大女子キャン運営委員会が送る47都道府県東大女子インタビューその6

今回インタビューした方はこちら!

お名前 りお
出身高校 私立土佐高校(中高一貫 入学年度東大合格者数4人)
入学時の科類 文科三類(2016年度入学)
進学先 文学部行動文化学科社会学専修
高校の部活 軽音楽部

今回は東京大学教養学部文科三類2年のりおさんにインタビューしました!自身の受験を、「自分との闘い」だったと語るりおさん。また、大学入学後には「世界が広がった」そうです。さて、りおさんはどのように「自分との闘い」を制したのでしょうか。そして、東大に入って、どのような世界が待っていたのでしょうか。様々な想像を巡らせながら、以下のインタビューをお楽しみください!

自分の限界に挑みたくて…

―高校は軽音楽部だったということですが、部活は大変でしたか?

いや、本当にゆるゆるで(笑)そのおかげ(?)で、勉強との両立も難しくなく、部活を楽しみながらコツコツ勉強することができました。

―なるほど。東大を目指すことに決めた時期も早かったということでしょうか?

高1の頃、担任の先生に薦められてから、意識はしていました。ちゃんと目指すと決めたのは高2ですね。

―何か理由やきっかけがあったのでしょうか?

東大を目指すことにしたのは、自分の限界に挑んでみたかったからです。

―それはすごい向上心ですね…。ということは、敵は自分、ということだったのですかね?

そうですね。ひたすら自分との闘いでした(笑)

周りの人の支え

―東大を受験するにあたって、苦労したことなどはありましたか?

今思えば、環境が大きかったと思います。高知はそもそも難関校を目指す人が少なくて、大手の予備校が全くないんですよね…(笑)そんな感じなので、塾や予備校にはほとんど頼らず、受験勉強は学校の授業と自習がメインでした。

―予備校がほとんどないというのは痛いですね…。受験勉強を全部自分でやるのって、かなり大変じゃないですか?

大変でしたね(笑)でも、勉強面よりも、周りに東大志望の人が少なかったことの方が大きかったかな。東大志望者が周りに少ないので、東大生のイメージとかが湧きにくくて、東大を雲の上の存在のように見てしまっていた部分があって…。
あと、周りに東大志望者が少ないということは、ライバルが見えない、ということでもあって、自分が何と競えばいいのか、何に向かっているのかわからなくなることもあった。東大受験が「自分との闘い」になったのは、そのせいかもしれません。

―なるほど。周りに東大志望者がいるかどうかというのは、非常に重要なことなんですね…。競う相手がいないと、受験のモチベーションを保つのが難しそうですが…

そこが本当に大変でした(笑)しかも、私は1年浪人しているのですが、現役時にあと2点届かなかったんですよね…。2点差というと小さいように見えますが、受験は0.1点の闘いであることはわかっていたので、自分にとって2点差というのはとても大きく、力不足を痛感しました。高校時代に勉強してきても届かなかったという事実が重くのしかかってきて、浪人時代は何度も諦めそうになりました。

―2点差は厳しいですね…。それでも、その中で諦めずに努力を続け、合格されたのが素晴らしいと思います。

周りの人の支えのお陰です。母からは、私が東大受験を諦めそうになっていた時に、「どんな道に進んでも止めはせんけど、今諦めるのは逃げるのと一緒」ということを言われました。普段私の受験に関して口出しをしてこない母の言葉は、とても響きました。それで、まだ頑張ろう、と。
あとは、高校の世界史の先生には本当にお世話になりました。私のことを親身にかなって考えてくれて、世界史の添削をしてくれたことはもちろん、浪人時にも模試の時やセンターの後などに励ましのメッセージを送ってくれて。周りの人は、本当に大事だと思います。

―受験が自分との闘いだったりおさんだからこそ、周りの人の支えが大きかったのかもしれませんね。周りに東大志望者が少ない地方の人は、特に周りの人との繋がりが重要なのでしょう。