世界史解説【帝国主義とアジアの民族運動】帝国主義と列強の展開①

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皆さんこんにちは。合格サプリ編集部の肯定ペンギンです。

数回に分けて帝国主義の時代を扱います。帝国主義の時代とは、パクス=ブリタニカの終焉と、世界規模の不況が発生した1870年代後半から、第一次世界大戦が始まる1910年代までを指します。がんばっていきましょう。

赤字はセンターレベルの用語ですので軽くおぼえましょう。

帝国主義とは?

帝国主義とは、列強国によるアジア・アフリカへの進出、植民地と勢力圏の拡大を競い合うことを国策とする考え方のことです。

帝国主義が形成された背景は、以下のように説明できます。

第2次産業革命の進行と企業間競争の激化により、資本の集中が進む。銀行資本と産業資本が融合し、金融資本が成立する。

1870年代の不況により、企業淘汰が進み、諸産業を支配する独占資本が形成される。さらに、不況にあわせ、資源供給地・輸出市場としての植民地の重要性が増し、列強間の植民地獲得競争が激化する。

独占資本は国家権力と結びつき、国家独占資本主義に転化する。独占資本を支えにして、帝国主義が形成される。植民地獲得競争のなかに、欧米諸国のアジア・アフリカへの軽視、軍事的な優越意識があったことは否めない。

第2次産業革命と1870年代の不況の2つが大きな要因だといえます。

第2次産業革命

第1次産業革命と比較するとわかりやすいです。

             

         

時期 中心国 エネルギー源 内容
第1次産業革命 18世紀後半 イギリス 石炭 木綿工業を中心とする工業部門での技術革新
第2次産業革命 19世紀後半 ドイツアメリカ 石油電力 鉄鋼・造船・化学工業を中心とする工業部門での技術革新

重工業と、石油・電力エネルギーの利用には、莫大な資本が必要です。そのため、企業の集中が進み、金融資本が成立しました。

第1次産業革命から第2次産業革命にかけて、中心国がイギリスからドイツ・アメリカに移ったことは、ドイツ・アメリカ両国の工業力の相対的な向上を示します

独占資本の形態

独占資本は大きく3つの形態に分類できます。名前だけでなく内容もイメージできるようにしましょう。

カルテル 主にドイツで発展。同一業種の企業が価格・生産量を協定し、市場の独占を図ること。企業連合ともいいます。

トラスト 主にアメリカで発展。同一業種の企業が同一資本に統合される独占形態のこと。企業合同ともいいます。
 ※アメリカのロックフェラー家によるスタンダード石油会社が典型例です。トラストは企業の競争を不自由にするため、アメリカではシャーマン反トラスト法(1890年)をはじめとした反トラスト法が何度も定められています。

コンツェルン 多業種の企業が同一資本に統合される独占形態のこと。

列強間の帝国主義の対立

列強諸国で帝国主義が形成されるなかで、列強間の格差が生まれました。

工業力・資本力で優るイギリス・フランス・ドイツ・アメリカが上位、工業化の遅れたイタリア、民族運動への対応に追われたロシア・オーストリアが下位に位置しました。

帝国主義国家間の対立は、第一次世界大戦へとつながります。対立が激化したきっかけは、ドイツでヴィルヘルム2世が即位し、植民地の再分割を要求するとともに、世界政策とよばれる積極的な対外膨張政策を始めたことです。

ドイツでは19世紀後半、ビスマルクが外交を握っていました。ビスマルクは、ドイツの国力が追いつかないまま海外進出するのは危険と考え、フランスの孤立を基軸としたイギリスとの融和路線を採っていました。

しかし、1890年に即位したヴィルヘルム2世は、ドイツの国力は海外進出に十分と考え、ビスマルクを辞任させ、世界政策に乗り出しました。良好な関係を保っていたイギリスに公然と挑戦し、ロシア・フランスとも対立することで、列強間の抗争が激化します。

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おわりに

今回は帝国主義の時代の概説をしました。次回からは各列強国(イギリス・フランス・ドイツ・ロシア・アメリカ)の詳しい動きを見ていきます。

19世紀末から第一次世界大戦直前までの外交情勢は、ビスマルク外交を理解していないと動きがわかりづらいです。しっかり復習しておきましょう。