【東大女子 滋賀】留学経験を生かし、社会へ進む!失敗しても挑戦し続ける強さの裏には?

東大女子キャン運営委員会が送る47都道府県東大女子インタビューその29

今回インタビューした方はこちら!

お名前 T.T
出身高校 県立膳所高校(非中高一貫校 入学年度東大合格者数4人)
入学時の科類 文科二類(2014年度入学)
進学先 経済学部経営学科
高校の部活 英語部

今回は、経済学部4年生(インタビュー時)のT.Tさんへのインタビューです。とっても穏やかな人当たりながら、経済学部での勉強に加え英語ディベートや短期留学といった活発な活動が印象的です。どんな高校・大学生活を送ったのでしょうか。

周りからの驚きや反対に負けず、京大志望から東大志望へ。

ーT.Tさんは滋賀県の膳所高校出身ですよね。公立の進学校だと思いますが、やはり高校では勉強中心の生活だったのですか?

いえ、私の高校は文武両道を掲げていて、勉強に加え部活動に打ち込む人が多かったです。私も英語部で部長を務めていました。英語ディベートでは、目標としていた全国大会の本選にも出場することができました。

ーそうだったんですね!では毎日部活で忙しかったと思いますが、いつから東大を目指していたんでしょうか。

東大を目指し始めたのは、実は浪人の時だったんです。高校は関西なので、周りには東大より京大を目指す人が多かったんですよね。東大を目指すのは先生に太鼓判を押されるような一部の優秀な人たちで…私も東大が気になってはいたものの、部活の引退のタイミングで、京大を志望することにしました。

ー現役時代は京大志望だったのですね。

私は引退が他の部活の人より早かったので、その分勉強では頑張ろうと思っていたんですが、現役時代は京大に落ちてしまったんです。だけど、結果は0.3点差。僅差だったので、もう1年勉強すれば東大に受かると思って、浪人をする時に思い切って東大志望に変えました。

ー高校では周りに東大を目指す人が少なかったんですね。東大志望に変わる時、周囲はどんな反応でしたか?

友達から意外だと言われたりして、少しやりづらさはありました。でも、浪人時には現役時代よりは人目を気にせずに済んだかもしれません。
東大への出願直前には、親からも反対されました。父は本当に受かるのかという心配、母は1人で上京することへの心配でした。自分としてもずっとA判定だった訳ではないので不安はありましたが。IMG_8590

地方ゆえのハードルも

ーそれは、地方だったからこその反対でもあったのでしょうか。

滋賀に住んでいる人にとっては、必要以上に東大や東京自体への心理的な距離やハードルを大きく感じてしまうというのもあったと思います。地方だと、東大についての情報が足りないという苦労もありました。高校や塾でも、京大や関西の有名大学に特化した授業が行われていることも多かったです。なので、東大の対策のためには大阪まで講習を受けに行ったり、自分で先生や友人から情報を集めたりすることが大事でした。

ー志望校を変えるって大変じゃなかったですか?

大変だけど、不可能ではないですよ。一番大きな違いは科目が増えたこと。私は世界史が増えたけど、浪人では基礎を丁寧にやってから論述指導を受けることができたので、最終的にはなんとかなりました。

ー世界史を新しく始めるってすごいですね…!受験勉強の戦略はありましたか?

得意な英語を安定した得点源とすることですね。そして、日本史・世界史はギリギリでやっていたので、まずは3科目を安定させるために、国数を大きく落とさないことを心がけていました。

ー親御さんの上京・一人暮らしへの不安はどう解消したのでしょうか。

入試の後ですが、私は寮母さんがいて食事も出る女子寮に入れたので、それが安心材料になったと思います。大学で配られたパンフレットで見つけました。実際、慣れない大学生活の中で自炊などをせずに済んだのはありがたかったです。慣れてきた3年生の時には、本郷キャンパスに移ったこともあり、引っ越して一人暮らしを始めましたが。

ー親御さんとしては、食事や安全の心配が解消されたのは大きかったのですね。

得意だった英語ディベートで挫折。留学へのモチベーションに

ー大学で打ち込んだことは何でしたか?

英語ディベートのサークル活動と、短期留学ですね。英語ディベートのサークルには、「全国大会に出たし、経験者だから」と思って入ったんです。

ー大活躍だったんじゃないんですか?

大学のディベートでは英語力や準備だけではなく、論理の力や即興で対応する力が要求されて、全然活躍できなかったんです。今振り返ると挫折でした。一度、選抜メンバーだけが出場できる新人戦に、すごく練習した末に出ることができたんです。それがすごく嬉しかったんですよね。でもその後も、出ていない人たちに負けたり、後輩に追い抜かれそうになったりして、一言で克服したとは言えませんでした。結局「英語」は私のテーマとして残りました。

ー本当に高いレベルに触れたからこその挫折だったのですね…それはその後の大学生活に影響を与えたのでしょうか。

そうですね。英語が得意になりたい!という思いがあったからこそ、その後短期留学に積極的に挑戦し続けられたのだと思います。留学は3年の夏に2ヶ月半、香港と上海へ、4年の後半にフランスへ1学期間行きました。大学生活の後半では、少しでも留学で海外経験を積めるように、日本ではとにかく単位を先取りしておくことやアルバイトなどに力を注いでいたように思います。

ー2回も留学したなんて羨ましい…留学に行って感じたことは?

初めての時は、苦手意識になっていた英語を使って、友達と話してみると「案外話せるんだ」と実感することができました。苦手意識を持ちすぎず、喋ってみればいいんだって。

ー2回目はもっと自信がつきそうですね。

2回目では、自分ももっと勉強しておけばよかったなという、1回目では感じなかった悔しさも残りました。日本では留学をしているというだけで偉いと言ってくれる人もいますが、留学先では自分より目的を持ってしっかりと勉強をする人がたくさんいましたから。あとは、せっかくヨーロッパへ留学したのだから、アジア以外出身の留学生と触れ合うことや、現地の文化にどっぷり使ってみることも大事だなあと実感しましたね。