【受験応援小説第1弾!】それは青いハルー第3話・第4話ー

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はじめに

受験を意識しだした高校2年生の皆さん、まだ見ぬ受験に向けて不安を抱えている方も多いのではないでしょうか。

合格サプリでは、受験応援小説としてみなさんと同じ受験生となった4人の高校生たちが悩みを抱えながら受験に挑んでいく物語をお送りします。

直前期の高校3年生は、「自分もこんなことがあった」と読んでみてくださいね!

栞①:Are you ready for a battle?

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高校1年の夏に、栞はオーストラリアに短期留学した。
最初は親が決めたことだったから、反発もした。英語が苦手な栞にとって、英語で二週間も生活しなくてはならないなんて耐えられなかったから。

だが長いフライトを終えてたどり着いたシドニーの地で、忘れられない経験をした。もちろん、イギリス風の建物や

海や空の青と白いオペラハウスのコントラストなどの建築物に魅了されたけれど、2週間という短い間でそれ以上のものを得た。

”What do you want to do after graduation?”

寝ようと思って横になったあと、隣のベッドに寝ているホストシスターのナタリーにそう尋ねられた。

彼女はアフリカからの移民だと初めて会った時に自己紹介してきた。オーストラリアには移民が多かった。通りを歩いているだけで、様々な肌をした様々な格好の人とすれ違うほどだった。

ナタリーは、茶色い肌とカールした三つ編みの、ニコリと笑ったときにのぞく白い歯が印象的な女の子だった。留学中、栞はナタリーと同じ部屋で寝起きしていた。

”Ah,I don’t decide what to do after I graduate high school.”

たどたどしい英語で本音を答えると、ベッドサイドのナイトランプに照らされたナタリーの顔は驚いた表情をしていた。

気まずい雰囲気が落ちる。それを吹き飛ばすために”How about you?”と栞から尋ねると、ナタリーは、「祖国に戻って、貧しい人たちの助けになりたいの。私は看護師になりたい」と訛りのある英語で言ってはにかんだ。
帰国してから、彼女の祖国について調べてみた。内乱、児童買春、麻薬横行という目を疑うような言葉の数々。思わず目を背けたくなるような写真も掲載されていた。

こんな現実は嘘だ。そう叫びたく鳴るけれど、ナタリーの腕にあった傷跡が蘇る。祖国を離れるときに銃弾がかすめた痕だと言っていた。紛れもなく、ナタリーが栞とは全く違う生き方をしてきた証。

ナタリーの言葉と、そのときの辛そうな表情がリンクして見えない手になって、栞の背中を押すようだった。

高校2年生になってからは、自主的にナタリーの生まれた国のような貧しい国について調べるようになった。校内開催のスピーチコンテストに出場するときには、第三世界の女性たちについて発表を行った。

オーストラリア留学で、栞の心は決まっていた。だから、進路希望調査用紙が配られたとき、彼女は真っ先に学部欄を埋めた。

「国際教養学部」と。

国際教養学部は、「を」学ぶのではなく英語「で」学ぶ学部。相変わらず栞は英語が苦手だったけれど、栞の学びたいことはここでないとできない、という確信があった。

世界について学びたい。どのようなところに就職するかは決めていないけれど、大学でやりたいことだけは明確に決まっていた。

********

 

「神崎さんは、国際系志望なのね。それで、国公立4年制、と」

「はい」

夕暮れ時の教室。いつもは多くの生徒が動き回っているそこは閑散としており、本来全て黒板の方を向いている机が一つだけ後ろに向いて、向かい合うような格好になっている。

4月中旬。放課後を利用して、3年生のクラスでは二者面談が行われていた。遠藤先生が目の前の提出された進路希望用紙と栞の顔を交互に見て、頷いた。

「そうね。国語と世界史の点数はいいから、神崎さんはあと英語が伸びればねえ」

「そうですね」

思わず自分でも苦笑が漏れ出る。2年生の模試の結果でも、英語の偏差値だけが低かった。

「過去問は見てみた?」

「いえ、まだです」

首を振ると、先生は一つゆっくりと頷いた。

「そう。それなら夏休みまでに解かなくてもいいから、見ておいてね。英語の難しさが肌で感じられるだろうから」

「はい」

「それじゃあ、これで面談はおしまいです。お疲れ様」

「ありがとうございました」

一礼して教室を出て行く。入れ替わるように栞の次の出席番号の生徒が教室の方へ消えていった。

校門を出てから駅に向かう途中、音楽機器を立ち上げる。イヤホンの向こうから英単語が流れてくる。流暢な発音で二回繰り返されるそれは、何度も聞いたはずなのに日本語訳が思い出せない。

自分にいらだっていると、少しのポーズのあと日本人ナレーターが意味を言った。

「あ、そう言えばそんな意味だったな」と思うのは何度目だろうか。悔しくなって手を握りしめる。鉄格子の向こうで電車が近づいてくる音がした。

********

味噌汁の汁を皿に受けて、一口。今日の味噌汁は薄めだ。もう少しほんだしを入れても良かったかなあ、と少し後悔した。最近は父親が塩分控えめにするように医者から言い渡されたと言っていたし、これ以上味噌は増やせない。

うーん、と鍋とにらめっこをしていると、玄関の扉が開く音がした。

「ただいま」

「あ、おかえりなさい」

間もなくリビングに現れたのは、スーツに身を包んだ母親だった。時計を見ると夜の8時。今日は比較的早く帰ってきたようだった。

「はー疲れた……」

ストッキングを洗濯機に入れると、ソファに勢いをつけて沈み込む母親を横目に、「ごはんできてるよ」と言う。

「んー。ありがとー」

適当につけておいたバラエティ番組を見ながらの生返事。料理を並べながらひとつ、溜息。もう今さら気にしていない。慣れっこだ。

「仕事大変なの?」

「まあねー。製薬会社はいかに他社より早くいい薬を出すかだからねー」

机から漂う匂いにつられて母親が席についた。問題の味噌汁はまっさきに手がつけられ、「味薄いよ」と想定内のリアクションをいただいた。

「それよりもあんた。さっき優花ちゃんのお母さんに会ったんだけど。進路希望調査なんてあったの?」

睨むような眼差しを向けられ、思わず栞は身をこわばらせた。優花のお母さんめ。とつい恨めしくなる。

「あ、あったよ」

なるべく視線は合わせないように。なるべく声は上ずらせないように、平常心でと自分に言い聞かせる。

「で、文系と理系どっちにしたのよ」

「それは……」

母親が詰問するような口調になる。警察官に尋問される人はこんな気分を味わっているのだろうか。冷や汗が背筋を伝い、手足の熱が消えていく。

近くにあるはずのテレビのお笑いの音が縁遠いものに感じられるほどにリビングの空気は冷え切っていた。

「それは?」

「ぶ、文系、です……」

「全く……」
目をそらしながら発した答えに、母親が大きな息を吐く。心に何かが突き刺さったような気がした。

「言ってるでしょう、理系にしておけば将来が安泰だって。理系のほうが重宝されるんだから」

母親の言葉は何回も聞いたことのあるものだった。実際、薬学部を卒業した母親が男の人と肩を並べて働けている姿を見ている身としては、それは真実であるところも大きいのだろうと思う。

「あなた数学ⅡBまではやっているんだから。数Ⅲがなくても受験できる理系学部にしなさいよ。薬学部とか、農学部とか色々あるでしょうに」

「でも、私は国際系に、」

「それで? 将来は?」

「それは……」

黙り込むと、母親は追い打ちをかけるように言葉を重ねた。

「ほら、言えないんでしょう。とにかく、今からでも遅くないから。化学か生物か。勉強しておきなさい。塾に行きたいならお母さんもお金出すから」

いつの間に食べ終わっていたのか、そう言い終わると母親は立ち上がり、寝室へと向かった。まるで栞の主張など聞かないというかのように。

再び耳に大きな音でお笑い芸人がツッコミを入れる声が飛び込んできた。時間にして5分にも満たないはずの、しかし永遠にも感じられるような時間が過ぎていった。

大樹①:カワル

 

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ピーッ、と試合終了の笛が鳴りかけた刹那、ボールがネットをくぐり抜ける。

オレンジ色のボールが白いネットを抜ける時間は、時間にしたら1秒もないだろう。しかし、それが大樹の目にはまるでスローモーションのようにゆっくりと動いているように見えた。
ボールが床に大きな音を立ててバウンドする。静寂。

そして、割れんばかりの対戦相手の歓声。拳を握りしめて笑顔の選手たち。よっしゃーと大声で叫んでいる。最後にスリーポイントを決めた選手は周囲を取り囲まれ、抱きつかれそうな勢いだ。

呆然としながら応援席を見やると、相手の学校の生徒たちが高く応援旗を掲げて、甲高い声をあげている。

――俺たちは負けたんだ。

そう理解するのに、時間はそうかからなかった。

********

「それでは、キャプテンから一言――」
新部長となった2年生が俺に目を向けた。一歩前に出て、泣きはらして目の下が赤い後輩たちを見やる。入部してきた時はひょろりとしていて頼りなかった2年生。しかし、今目の前にいる彼らの目は悔しさをバネに燃えていた。

「みんな、今日はよく休め。俺たちはこれで引退だ。おまえたちと一緒にチームになれて嬉しく思う」

おそらく引退の時に言うであろうお決まりの言葉、「後悔はない」は言えなかった。

今日の試合は、後悔だらけだった。

あのときああしていれば、こうしていれば。何より、最後自分のブロックがうまく決まっていたなら、あのスリーポイントは防げたのではないだろうか、と”もしも”ばかりが自分の頭の中を駆け巡る。

あのシュートさえなければ、自分たちが関東大会に行けたのに。今でもあのときの弧を描いたボールは脳裏にはっきりと焼き付いていた。

「俺たちの分まで、頑張って欲しい」

もう自分には試合は残されていない。去年のキャプテンが眉根を寄せて「頑張れ」と言っていた様子が急にフラッシュバックしてくる。きっと、同じ気持ちなのだろう。

もっとバスケをしていたいという気持ちと、でももう自分にはどうすることもできないもどかしさと、自分ではどうすることもできないから後輩に託すしかない悔しさと。あの気持ちが、一年たった今ようやく理解することができた。

「ありがとうございました!」

もう相手の学校も、応援していた生徒たちもすっかりいなくなったがらんどうとしたコートに、1年生と2年生の声が響き渡った。

バスの中では、疲れ切ったのか皆よく寝ていた。どうしても寝られなかった大樹は、頬杖をつきながら窓の向こうで流れていく景色を眺めていた。

最初は橙色だった世界も、徐々に下の方から黒くなりだしている。灰色の無機質な工場と、周りを取り囲む緑の木々がミスマッチで、空が藍色に垂れ込めていくのに連れて不気味な雰囲気さえ漂いだしていた。このままバスは俺たちを釣れて、どこか知らないところへ連れて行ってしまうのではないか――そんな考えが脳裏をよぎる。

(馬鹿か、都市伝説じゃあるまいし。引退が決まってセンチメンタルになっているのか)

自分で自分の考えを否定しようと、強く頭を左右に振る。現にバスはちゃんと大樹たちの住む町の方向に進んでいる。だから大丈夫だ。そう言い聞かせた。

「なあ、大樹」

バスで隣りに座っていた義也が話しかけてきた。彼も先程までいびきをかいて寝ていたのだが、どうやら起きたようだった。

「どうした」

「……終わっちまったんだな。これで」

いつもの声が大きくて、監督に怒られるほどのムードメーカーである義也からは想像もつかないほど小さな声。

おそらく彼も大樹と同じ気持ちなのだろう。ズボンの上で手を握りしめる義也。かさりと衣擦れの音が静かな車中に響いた。すぐにそれをかき消すかのように加速したエンジンが大きな音を立てる。もうすぐ高速に入るのだろう。

「ああ。終わったんだ」

逆転負け、県大会予選決勝敗退で、大樹の高校でのバスケ生活は終わった。

********

――が、高校生活はまだ終わらない。部活を終えた大樹の目の前に立ちはだかったのは、受験勉強という名の壁だった。
「じゃあ、今日から面談を始めます。黒板に貼られた紙に名前のある人は、時間になったら教室に来てください」

試合の翌日。6時間目の終わりから寝ていて、気づいたら終礼が始まっていた。

「面談って何のだ?」

寝ぼけ眼で尋ねると、栞が答えてきた。
「ほら、志望校調査の紙を出したでしょ。あれの面談だよ」

「あー……。そんなこともあったな」

あくびを噛み殺しながら、大きく伸びをする。昨日は帰宅してからそのまま寝たのに、まだ眠気が残っていた。6時間目の物理があんなに面白くないのが悪い、と思う。

「澤口くんも名前、あったよ」
黒板に行って、戻ってきた優花も会話に入ってきた。

「マジかよ……。今日は早く帰ってゲームしたかったのに」

「はは。それにしても、昨日だったんでしょ、試合。お疲れ様」

「あー……ありがとうな」

応援に来ていたメンツから聞いているらしく、二人は勝敗については口にしない。その気遣いがありがたくもあり、辛くもあった。

********

「澤口くん、志望は決めたの?」

目の前には神妙な顔つきをした遠藤先生。居心地が悪くて大樹は後頭部をかいた。

「バスケ部も引退したんだし、そろそろ受験勉強も頑張らなきゃ。ね?」

「……へい」

試合が終わった翌日、大樹は志望校調査面談を受けていた。一週間前に提出したその紙は、朝にその存在に気づいたので適当に書いていて、本人すら何を書いたのかよく覚えていない。

遠藤先生に再度見せられたことにより、一週間前の自分は私立理系、四年生大学とだけ書きなぐっていたことが発覚した。

「理系の分野で、こういうことを勉強したいっていうのは決まっているの?」

「いや、特に何も」

そもそも理系を選択したのだって、国語や世界史が壊滅的にできなくて、数学のほうがまだましだからというくらいの理由だった。

「今度親御さんも交えて三者面談も行いますから。それまでに志望する学部とかを決めておいてね。よかったこれを参考にしてちょうだい」

遠藤先生が手渡してきたのは、予備校が作っているような学部診断のハンドブックだった。理系のページをパラパラとめくってみる。理工学部、農学部……。どれもいまいちピンとこなかった。けれど、とりあえず面接を早く終わらせたくて「分かりました」と一応返事をしておいて、教室を出た。

廊下に窓に背を向ける形で置かれた椅子に和哉が座っていた。何を読んでいるのかと覗き込むと、英単語帳だった。しかも、学校で配られたものではない。随分と分厚く、単語1つ1つに丁寧な解説がついているようだった。

「何してるんだ?」

声を掛けると、和哉が顔をあげた。

単語帳が閉じられ、表紙がこちらに向く。『T大、WK大など難関大学向け』の文字が見えた。学校の中でも優秀な和哉だ。自分がツメの先ほども志望を考えないような大学を目指していることは、何も不思議な事ではない。

だが、その文字を見た瞬間、大樹は胸にわだかまりを抱え込んだような気持ちに襲われた。

自分と同じ教室にいて、自分と同じ授業を受けて、自分と同じ学校生活を送っている生徒たちが、それぞれ異なる進路について考え出している。まるで違う何かに変わろうとしている。

それなのに、自分はどうだろう。何も決めていない。

「……勉強だよ。澤口、面談終わったのか?」

何を当然のことを聞いているのか、というように南雲は顔をしかめて、単語帳を鞄にしまう。

「あ、ああ」

「次、俺なんだ。じゃあ、また明日」

「ああ」

規則正しく三回教室前方の引き戸をノックして、和哉は教室の向こうに消えていく。おそらく遠藤先生は先程大樹に見せたような険しい表情ではなく、安心した表情で和哉の面接を行っているのだろう。その姿は想像にたやすかった。何か和哉に負けたような気がして、悔しくなる。

乱暴にスマートフォンを取り出すと、義也に連絡を取った。

「あー義也? カラオケでも行かないか?」

今日はもう、喉を潰すまで歌ってやろうと強く誓った。

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【受験応援小説第1弾!】それは青いハルー第1話・第2話ー

2017.12.16