はじめに
流れが重要な日本史では、時代区分を整理できると理解がはかどります!
この記事では、原始・古代、中世、近世、近現代という4つの時代区分のうち、「原始」分野を解説します。
大まかな流れや重要なポイントをおさえて原始・古代分野の理解を深めましょう!
概観
日本史には、原始・古代、中世、近世、近現代という4つの時代区分があります。
旧石器時代、縄文時代、弥生時代が原始、古墳時代、飛鳥時代、奈良時代、平安時代が古代という区分です。
日本列島が形成され、食料面では狩猟・採集から稲作へと発展、制度面ではムラからクニへと発展し、クニとしての日本の基礎ができてくるのが原始古代です。
旧石器時代
概観
旧石器時代とは、人類が大陸より日本へ移住してきた頃から、今からおよそ1万年前頃までの時代のことです。
知識として覚えることは少ないですし、出題頻度も高くありません。
出題されやすいポイントがわかりやすいので、しっかりポイントは押さえておくとよい分野です。
頻出ポイント
旧石器時代の化石人骨
覚えておくべきなのは、静岡の浜北人、沖縄の港川人、山下町洞人です。
場所と〇〇人はセットで覚えておくとよいでしょう。
旧石器時代の文化
群馬県の岩宿遺跡をおさえておきましょう。
相沢忠洋が関東ローム層から発見した遺跡です。
打製石器の使用
石器の種類を石器の画像と合わせて覚えておくと安心です。
共テでは画像と絡めた問題が出題される可能性があります。
縄文時代
概観
縄文時代とは、約1万年前から農耕文化が根付くまでの時代のことです。
縄文土器が使われていた時代で、統率者はいたが貧富の差はなかった時代となっています。
弥生時代との対比で出題されやすく、混乱しやすいポイントでもあるので、弥生時代と比較しながら覚えるとよいです。
頻出ポイント
縄文時代の特徴
縄文時代には3つの大きな特徴があります。
1つ目は、土器の出現です。
縄文時代は、厚手で黒褐色の縄文土器が使われました。
弥生土器との違いを整理しておきましょう。
2つ目は、磨製石器の登場です。
縄文時代には、打製石器に加え磨製石器が使われ始めました。
磨製石器のみでなく、依然として打製石器も使われていたことに注意が必要です。
3つ目は、狩猟や漁労による食糧確保です。
縄文時代には、弓矢の出現で俊敏な中・小動物の捕獲が可能となりました。
狩猟・漁労にどのような石器が使われたのか、石器の画像とともに覚えておくとよいです。
共テでは、画像と絡めた問題が出題される可能性があります。
竪穴住居からなる集落
青森県の三内丸山遺跡やモースが発見した大森貝塚が代表的な遺跡です。
地図で場所も確認しておくとよいですよ。
特殊な習俗
あらゆるものに霊威の存在を認めるアニミズムや、豊穣を祈って女性をかたどった土偶を作ったことなどが重要なポイントです。
また、死者の埋葬の際に屈葬されたというのもおさえておきましょう。
死者の埋葬方法(墓の変化)は縄文時代から古墳時代にかけての一つの大きなテーマです。
優先順位は低いですが、余裕があれば、特に論述問題がある人は墓の変化に注目して古代分野を勉強してみるのも良いですよ。
弥生時代
概観
弥生時代は、農耕文化が根付いてから3世紀中期頃までの時代です。
弥生土器が使われていた時代で、貧富の差が見られるようになりました。
弥生時代は、外国との関わりも重要です。
例えば、楽浪郡(朝鮮)に使者を送ったり、後漢の光武帝(中国)に使者を送ったりしています。
中国、朝鮮の歴史と合わせて覚えておくとよい時代といえます。
頻出ポイント
弥生時代の特徴
弥生時代には3つの大きな特徴があります。
1つ目は、弥生土器の使用です。
弥生土器は、薄手で赤褐色の土器で、用途別に煮炊き用の甕、貯蔵用の壺、食物を盛る高坏などがありました。
2つ目は、金属器(青銅器・鉄器)の使用です。
出土分布と金属器の種類を対応させて覚えておきましょう。
出土分布を示す地図をみて出土分布に対応する金属器を答える問題がよく出題されます。
3つ目は、水稲耕作の開始です。
稲作文化は、中国から西日本に伝わり東日本へと広がっていきました。
北海道や南西諸島では独自の文化が成立していたことに注意してください。
水稲耕作に使われた道具(例えば石包丁や高床倉庫)なども覚えておくと良いでしょう。
埋葬方法が屈葬から伸展葬に変化
弥生時代になると屈葬から伸展葬へと変化します。
また、埋葬方法が多様化し、地域特有の埋葬方法も見られるようになりました。
地域と埋葬法をセットで覚えておくと良いですよ。
例えば、山陰地方の四隅突出型墳丘墓や岡山の楯築墳丘墓などがあります。
代表的な遺跡
代表的な遺跡には静岡県の登呂遺跡、奈良県の唐古・鍵遺跡などがあります。
稲作の痕跡が見られる遺跡、環濠集落や高地性集落の痕跡が見られる遺跡といったように、遺跡の歴史的意義と場所、名前をセットで覚えておくとよいですよ。
小国の分立と邪馬台国の成立
弥生時代には争いが見られるようになり、環濠集落や高地性集落が成立しました。
小国は、そのような国内での覇権争いに勝つために中国と関係を持とうとしました。
誰が誰に使者を送って何を差し出し何をもらったのかを整理しておくとよいです。
紀元前1世紀ごろには楽浪郡(朝鮮)に使者を派遣、1から2世紀にかけては奴国王が光武帝に(57年。漢委奴国王と刻まれた金印を賜る)、倭国王が安帝(107年。生口(奴隷)を献上)に対し使者を派遣していました。
また、239年には卑弥呼が魏の都である洛陽に使者を派遣し、親魏倭王の称号や多数の銅鏡を賜りました。
年号が問われることもあるので年号も覚えておきましょう。
そして、3世紀頃に邪馬台国が成立しました。
卑弥呼は鬼道(呪術)に通じており、呪術的権威を利用し支配したのです。
おわりに
今回の記事では古代分野の重要事項をまとめました。
混同しやすい時代なので年号を基準にいつの出来事なのかをしっかり覚えておくといいですよ。
受験に向けては、この記事で説明しきれなかった事項やより詳しい説明まで覚える必要があります。
この記事を参考に時代の大枠や勉強のポイントを踏まえたうえでさらに深堀りしてみてください!